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zoom RSS 教会学校のお手伝い

<<   作成日時 : 2009/09/07 20:57   >>

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教会では、子供たちに、礼拝とはべつに聖書を学ぶ教会学校があって、そこの手伝いを始めてかれこれ1年半くらい、かな。教会のことを手伝うって、普通、奉仕といいますけど、まだそんなふうに思えないんで^^;手伝い見習い生としてやらせていただいてます。

さて今日は、新学期でした。アメリカの学校は秋が新学年なので、教会学校もそれにあわせています。

一ヶ月に一度の手伝いですが、いまだ緊張^^;しますねえ・・・
私の担当は、小学校低学年。さきに、全体で今日の聖書箇所についての話があるので、いきなり自分ひとりで教えるわけではないけど・・・。で、もう一人の女性と組んでよってますので一人でかかえこむこともないのですが。

今日は、サマリアという場所でイエスさまが、女性に「わたしの与える水はいのちの水です。渇くことはありません」という箇所でした。この女性は、なにかの罪をせおっていて人に会いたくないがゆえに、普通は暑い暑い真昼をさけて朝か夕方井戸に水を汲みにくるのに、女性は昼間の暑い、誰もいない時間帯にひっそりとやってくるという人でした。
もともとサマリアの人は、歴史的にも、ユダヤ人とはいい関係でなかったとのことで。この女性はイエスさまに「私に水をください」って声をかけられたとき、あら、サマリア人に、それも、こんな罪深い私に声をかけてくれるなんて・・・と、おどろきとよろこびだったという。それが、話しているうちに、イエスさまを救い主と信じるように変わり、いままで人目を避ける生活が一転して、いろんな人に会って、救い主にであったと、よろこんで話してまわったという人生になった

「人の心の渇き」・・・・・・私たち、大人(?)というか、人生経験長いと、そんなこといっぱい・・・。むなしいなあ、とか、心がからっぽ・・・とか、乾涸びちゃった・・・なんてこと、よく感じます。そんなとき、イエスさまを信じていけば、けして渇かない命の水があるということ・・・すごく、実感というか、しみいってくるのですが・・・

子供たちって・・・・・まだ、そんな渇き、なんてこと、実感ないよねえ・・・。
飲み水と、命の水とのたとえ話は、ちょっとむずかしかったようです。
そんなときって・・・どうしたらいいのか、考えてしまいます・・・。
そもそも、自分自身、そういうことをつい忘れてしまったり、やっぱだめだあwwwってあきらめたり、ばっか。なので、そんな、子供に語るような者でないなあと、いつもいつも痛感しつつ、それでも、幼い日に耳にしたこんな聖書の箇所が、いつか、心がもしも渇いてしまったりしたら・・・思い出してくれたらいいなあと、祈るばかりです。

まだまだこうやって、わからないこといっぱい。また、相方さんと協力してやれることばかり。ひとりではなかなか。っていうか、私がお手伝いのほうですが・・・。

こうやって子供たちに語りかけることで、かえって自分の心にいろいろ問いかけがありますね。
教会学校を手伝うことって、結局、自分の勉強というか、考えるきっかけになります

無力を感じつつも、神さまの導きがあって、支えられて、こんなことをさせていただけることに、感謝です。

教会で、お世話になってもらうことばかり・・・。私もなにかお手伝いできたらと言いつつ。いまだに助けられてます。
実は途中で、やめさせてくださいって言ったこともあって。いろいろありました。子供に話すなんて、荷が重過ぎです、って・・・。それでも、細々とすみっこで手伝いさせてもらって・・・。

それにしても、子供って正直だなあ・・・。ぴちぴちしてるし
あ・・・そうか〜〜〜って気がついたときの子供たちのうれしそうな顔・・・見ている自分がうれしくなりますね。


与えてもらうことばかりです。感謝。

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